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奈良県のご当地グルメ

※写真提供 奈良県

大和の茶がゆ(奈良県全域)

米を茶で炊いたかゆで、1200年前に始まった東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事として供されてきた歴史があります。

奈良では、「大和の朝は茶がゆで明ける」と言われるほど、日常食として庶民の中に受け継がれており、親しみを込めて「おかいさん」と呼びます。

大和の茶がゆは、さらっと炊きあげ、ねばりのないのが特徴です。さつま芋やかき餅など季節の食材を加えたり、暑い夏は、冷たく冷やしたりと、季節の味の変化を楽しみます。

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奈良茶飯(奈良県全域)

米と炒った大豆を茶で炊いたもので、起源は、東大寺と興福寺の寺領から納められる上茶を煎じて、二番茶に塩を加えて米を炊き、一番茶に浸けて食べたと伝えられています。

東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事に茶がゆとともに献立の中に記録が残されており、僧坊では古くから食されていましたが、江戸時代には庶民の間に広まり、各地に茶飯屋があったということです。
また、俳句の句会などでも昔から好んで食されてきました。

炒った大豆の他に黒豆、カチグリなどを加えたものもあります。

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柿の葉寿司・朴の葉(ほうのは)寿司(奈良県全域)

柿の葉でひとくち大のさば寿司を包んで押した夏祭りのごちそうです。江戸時代の中頃、高い年貢を課せられた紀州(和歌山県)の漁師が、金の捻出のため、熊野灘でとれた夏さばを塩でしめ、峠越えして吉野川筋の村へ売りに出かけたところ、おりしも吉野川筋の村々の夏祭りと重なり、以来、夏祭りのごちそうとしてふるまわれたという言い伝えがあります。

柿の葉は、タンニンが多く緑色があざやかな渋柿の葉が使われます。東吉野地域では、山に自生している朴の葉を柿の葉のかわりに使い「朴の葉ずし」を作ります。

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めはり寿司(十津川村、下北山村など)

「めはりずし」は、吉野地域で栽培されている高菜やマナの漬物で温かいご飯を包んだおむすびで、吉野では春に一年分の高菜やマナを漬けます。山仕事に入るときのお弁当として使われ、昔はどこの家庭でも作られていた郷土料理です。

その名前の由来は、「目を見張るほどに大きいから」とか、「目を見張って大きいおにぎりに大口を開けてかぶりつくから」と言われます。

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そうめん(にゅうめん)(奈良県全域)

小麦粉をこね、細長く切って乾かすそうめんは、奈良時代に唐(中国)の国から伝来した手法で、神話の三輪伝説から大和の中央にある三輪山麓が発生地といわれています。江戸時代には、「大和三輪索麺名物なり。細きこと糸のごとく、白きこと雪のごとし」とたたえられたように、今も昔も厳しい寒風にさらされる風土と、独特の手延べ法によって作られる名物です。

にゅうめん(煮麺)は、字のとおりそうめんを煮たもので、季節の具を飾って食べます。

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奈良のっぺ(奈良県全域)

毎年12月17日は、奈良春日大社若宮の「おん祭り」で、一年の最後を飾るお祭りです。奈良ではこの日に「のっぺ」を食べる習慣が昔から続いています。

東北や北陸地方の郷土料理ののっぺい汁は野菜や鶏肉の煮汁に片栗粉などでとろみをつけますが、奈良のっぺは、サトイモを主に、ダイコン、ニンジン、ゴボウに油揚げも入れた具だくさんの煮物でサトイモで自然にとろみがつきます。

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柿なます(奈良県全域)

柿は奈良の風物詩のひとつ。秋になって鈴なりの真っ赤な柿や、晩秋になった軒下につるされた干し柿をみると、奈良の静かな美しさをつくづく感じる瞬間です。渋が抜けたつるし柿は一段と甘みを増し、上品な和菓子のようです。

大根とニンジンの紅白なますに干し柿を刻んで入れたなますは、奈良の正月のおせちの定番のひとつです。なますに干し柿を入れたのは、砂糖の代用ともいわれています。

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飛鳥鍋(奈良県全域)

今から1400年ほど前の推古天皇の時代に、唐からやってきた人たちがこの地に広めたのが由来とも、1000年ほど前にお坊さんが考えたのが始まりとも、また、飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの乳で鍋料理を作ったのが最初などと言われています。

いずれにしても、牛乳で鶏肉を炊いて食べるという料理をルーツにできあがったのが飛鳥鍋です。

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大和まなの煮浸し(奈良県全域)

 「大和まな」は奈良県内で古くから栽培されてきた漬け菜の一種です。
奈良では、「大和まな」などの葉菜類は、相性の良い薄揚げと醤油味で炊くことが多いです。青い色を残してサッと煮あげると、シャキシャキ感が残り、大和まなの甘みが口の中に広がります。

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